2021年6月26日に開催した
子どもの水辺安全セミナー 海と日本プロジェクト2021
-幼児教育の現場から発信する水辺の安全-楽しく安全な水遊びをどう伝えるかでは、
土橋先生と猪熊先生の保育現場・視点から、
楽しく安全な水辺の活動を行うために大切なことについて
貴重なお話を伺うことができました。
トークセッションの内容をお届けします。
2021/06/26 子どもの水辺安全セミナー:トークセッション
土橋 一智 社会福祉法人 龍美 ハッピードリーム鶴間 園長 |
全くの異業種から、私立認可保育園の園長に。5歳児を対象とした近隣の川での宿泊学習「リバーキャンプ」など、園児たちの主体性や自主性を育み、安全にも配慮した独自の保育を実践。 |
猪熊 弘子 ジャーナリスト 名寄市立大学特命教授 明福寺ルンビニー学園 幼稚園・保育園 副園長 |
日本の保育制度、待機児童問題、保育事故等について20年以上にわたり取材。保育・教育施設での事故を防ぎ、豊かな実践を行うことを目的とする一般社団法人 子ども安全計画研究所 代表理事。 |
子どもの主体性を大切にする~安全を大切にするということ
猪熊先生 :
土橋先生とセッションさせて頂けるのはとても嬉しく思います。
私自身、保育園と幼稚園の副園長をしていまして、水の事というのはとても気になっています。
水のことに限らず、
「子どもの安全」ということを一番に考えないといけないと強く感じています。
保育の実践の分野では、
子ども主体の保育、子どもの主体性を大切にするという様々な実践が行われていまして、
実践を大切にすることと安全を大切にするということは一緒のことだと考えています。
ただ実際は、安全よりもユニークな実践の方が優先されているように思うこともありますし、
子どもの主体性と安全は両立しないのではないか、といわれることがあるんですね。
でも私は、それらは両立できるというか、一緒のことだと思っています。
今日は、そのあたりのこと、土橋先生とお話できるといいなと思っています。
土橋先生:
猪熊さんは、テレビにもたくさん出られていて、
ジャーナリストとしても著書をたくさん書かれている方なので、
とても緊張していますが、よろしくお願いいたします。
私たちが取り組んでいることというのは、そんなに難しいことではないんですね。
実践の中で、できる限り子どもたちに体験をさせてあげたいと思っているのですが、
すべてを体験させてあげられるわけではない・・・それは、保育園の管理体制では実施できなかったり、
リスクとして大きすぎたり、そういったことを常に考えながら取り組んでいます。
もしかしたら、川の活動なんかは、危ないって思ったらやらない、という選択肢もあるのかもしれません。
ただ、子どもたちに体験させてあげたい、子どもたちが決めたことを実践させてあげたいと思った時に、
もし川という選択肢が入ったら、それはさせてあげたいなと思うし、そのせめぎ合いをいつもしています。
そこには、安全という前提が無いといけないと思っています。
ただ、児童福祉、あるいは教育施設の中では、
毎年やっていて何も起こらなかったからっていう風潮が非常に強い状況もあって、
従前的にやってこられて、急に事故が起こった時に、「今まで事故が無かったのに」とびっくりするんですね。
それは、きちんとリスク想定をしていなかった、きちんと考えてこなかった、ということかなと思うので、
その部分は、一保育施設の経営者として、気を付けていきたいなと考えています。
子どもたちの活動を広げるために工夫をしている
猪熊先生:
ありがとうございます。
やっぱり「今まで何もなかったから大丈夫」とか、
「水の安全なんて言っても、夏は暑いからプールに入るのは当たり前でしょ」というような
思考停止ともいえる状態が、保育施設では普通に見られるなと思うんですよね。
そういった園で事故が起きています。
実際には「くう・ねる・みずあそび」と呼んでいますが、
食べるとき、睡眠中、水遊び中が幼稚園や保育施設で最も事故が多いので、
園での水遊びなどの水に関わる活動をどうやるのかというのは、しっかり考えないといけないと思ってきました。
そこで今回は、そういった活動をしっかり考えて実施してきた土橋先生に、
プール活動とリバーキャンプに関して順番にお話を伺っていきたいと思っています。
ではまず、プール活動からお聞きしますが、水深というのを細かく設定されていますよね。
先生の資料を拝見すると、
0歳5センチ、1歳10センチ、2歳15センチ、3・4・5歳20センチから始める感じなんでしょうか。
土橋先生:
そうですね。うちの保育園の目的としては、泳げることではなくて。
例えば、朝、水を入れると、ぬるくなってくるんですよね。
それって、ものすごい科学の変化で、大人にとっては当たり前のことでも、子どもたちはびっくりするんですね。
体に水が当たった時、冷っとするだとか、そういったところから水のアプローチを0歳から開始して、
スタートは、少し、ライトに初めて、慣れてくると遊びを広げるために、
安全な範囲で水深を上げていくというかたちでしています。
6月末のプール開きの時と、9月のあたまの時では、遊び方や慣れ度が違うので水深を変えています。
そこは、安全にも配慮していますけれど、どちらかというと、
子どもたちの活動を広げるために工夫をしているというところです。
最終的には、5歳の活動ではリバーキャンプができる、自然の中での水を体験するということもします。
夏の楽しい体験をいかにさせるかということなんじゃないか
猪熊先生:
水深に関してはいろんな園でマニュアルを作っていると思うんですけれど、
例えば、何歳なら何センチということだけしかなくて、活動に応じて、
子どもたちが慣れてきたらどんどん変えていくというやり方をしているところは、
意外とないなと思って聞いてました。
それから、3・4・5歳20センチということですが、プールの安全について話すときに、
水深はマックス30センチとお伝えしても「それでは泳げないですよね」という反応がすごく多いんですよ。
でも、保育所保育指針にも幼稚園教育要領にも「泳げるようになる」とは一言も書いてないんですよね。
つまり、夏の楽しい体験をいかにさせるかということなんじゃないかと思っているんです。
でも現実には、プールで「泳ぐ」ということが重視されているなと思うんですが、いかがでしょうか。
土橋先生:
そうですね。とにかく目的が非常に大事で、
例えば、スイミングスクールなんかと提携している保育園さんなんかは、
小学校に上がるまでに15メートル泳げるようにするとか、
教育施設としては、そういう目的があってもよいと思うんですね。
その目的のためには、水深15センチや30センチなんかでは無理でしょうし、
用意する環境やキャパシティなど限界もあるでしょうし、ただ、もし、それが目的なのであれば、
スイミングスクールと連携するだとか、プールを借りるとかいう形になってくると思います。
うちの場合は、水に親しむこと、水の科学的な変化を遊びながら感じてもらったりだとか、
お友達と協調して水の中にある宝探しをしたりだとか、そうした実践の中で、
4月から紡いできた関係性を年度末まで成長させてあげたいとか、
そういう目的に基づいた水深になっているという理解でおります。
だからといって、水深ありきではないです。
例えば、9月だから、水深上げないと、ということではなくて、
遊びの練度や体験、子どもたちの遊びの発達の要素によって、
フレキシブルに対応するということだと思っています。
自由だけどルールはある~きちんと安全を考えて自由を設定する
猪熊先生:
そうですね。これまで起きたプールの事故を見てみますと、
プールで「自由に泳いでいていいよ」という時の事故がものすごく多いなっていうのが、私の印象です。
2018年からの指針要領で、「子どもの主体性」ということがすごく言われるようになってきた中で、
プールであっても自由に遊ばせるということがいいんじゃないかと思われがちです。
そういう時間にすごく事故が多いという現実を踏まえて、
どのように子どもの主体性と安全を両立させていけばいいのでしょうか?
土橋先生:
子どもの水の事故、プールでの事故というのは、溺水であったりですとか、
あとは転倒による事故、飛び込みによる頸椎損傷など、そういうことが多いと思うんですね。
例えば、うちの取組で言うと、正直なところ、溺水をすることはないだろうなと思っています。
というのは、監視者はかなり綿密に監視をしていますし、
溺水の可能性があるとしたら、3,4,5歳児の仮設のプールだと思うんですけど、
そこに入る子どもたちは、基本的には自由に遊ぶというか楽しく遊ぶのですが、
自由に飛び込んでいいわけでもない、潜水をしていいわけでもない、
友達を投げ飛ばしていいわけはないし、自由をどうとらえるかということもあると思うんですけれど、
やはり、一定のルールを子どもたちはしっかりと理解して、
その基本ルールの中で遊んでくれているので、自由だけどルールはあるんだよ、というところですかね。
猪熊先生:
そこはとても重要だと思っています。
子どもの主体性を大切にして子どもが自由に遊ぶということと、
子どもを放置放任することは、全く意味が違うんですよね。
子どもが主体的に自由に遊べる環境を設定するということがすごく重要です。
園庭での活動においてもそうですし、あらゆる活動においてそうだと思うんですが、
子どもが主体的に遊んでいるんだよっていう環境を、いかに先生たちが作っていくかだと思うんです。
プールにおいても同じだと思います。
ですので、野放図に水に飛び込んだり、追いかけっこしたり、
子ども同士で沈めあったりする遊びをするのは危険が多いです。
子どもたちが自由に遊ぶというのは、一定のルールがあってこそだと思っていて、
それが放置放任になってしまっている園で、プールの重大事故が起きているんだと思います。
先生たちが、きちんと安全を考えて自由を設定するというのは、
プールでも同じようにしていかないといけないことなんですよね。
目的を伝えずに指示という形で終わらせない~伝わることが大事
土橋先生:
ルールも、ダメ出しというのをやりがちだと思うんですが、
なぜ、ダメなのか、子どもたちに目的を説明すると、すごく納得するんですよね。
走っちゃダメ、以上、飛び込んじゃダメ、以上、で終わってしまうことはどうしても多くて、
走っちゃいけないのは、滑る環境の中で転べばケガをするし、なんで飛び込んじゃダメなのかといえば、
水深が浅くて飛び込んだら、ダイレクトにケガにつながってしまう、
痛い思いをしてしまうからダメですとかね、中には、泥遊びのままプールに入らないでというのも大事ですよね。
特に、うちなんか園庭は関東黒土ですから、ちゃんと流してから、プールに入ろうねとか、
きちんと話をすることが大事で、目的を伝えずに指示という形で終わってしまうことがあるので、
そこは、気をつけています。
プール開きをやる際には、3,4,5歳児は、全員が参加して、宗教保育ではないのですが、
お酒を差し上げたりですとか、お塩をまいたり、お米に見立てた紙を子どもたちと一緒に撒いて、
水の神様に、安全祈願をします。
その時に、水の神様は本当に優しいんだけれど、みんなが気をつけていないと、
すごく水って怖いものになってしまって、水の神様が怖い神様に変わってしまうよと、
そういうファンタジーの世界も含めて、年齢発達や状況に応じた伝え方って本当に必要だと思うので、
目的を話して説明するといいましたけれど、それも伝わりずらいこともありますから、
絵本みたいなものや紙芝居をつくって伝えてあげたりとか、
伝えることが大事というより、伝わることが大事なので、それを、大事にしながら保育をしているというか、
模索をしながらやっていっています。
猪熊先生:
それは素晴らしいことですね。
ほかにも絵本や紙芝居を使ったりとか、工夫をしながら、子どもにまず、
どうしてこの活動をするのか、どうしてこういうことをしてはいけないのかを理解してもらうのは、
非常に重要なことだなと思いました。
プール活動やリバーキャンプでもそうだと思うんですけれど、
プールの前だからAEDの操作練習をやっておこうとか、人工呼吸の訓練をしようとか、
救命のところにばかり力を入れる傾向が見られるな感じるんですね。
もちろん、救命というのは何かがあった時には重要だけれども、
先生がおっしゃったように「何も起こらないことが重要」だと思います。
だから、起きたらどうするかの訓練は必要だということは大前提なんですが、
それよりも、起こらないようにするということが、一番大切だと思っているんです。
その辺りについて、どのように思われますか?
起こる前の準備と、それでも起きてしまった時の準備を怠らない
土橋先生:
私の経験からなのですが、今は見る影も無いのですが、
若いころ、ライフセービングの仕事をしていたことがあって、その時もそうだったのですが、
何かあった時の技術や知識というのは必要だと思っています。
私の園でも、職員は30歳前後の女性が多いです。
何か起こった時に、自分の頭の中で、一度も想定したことがなければパニックになってしまいます。
ただその時に、連絡をするとか、園長呼ぶ、看護師を呼ぶですとか、そういう想定をして、
あるいは、AEDが使える、使ったことがあるということ、人工呼吸の技術を習ったことがあるというのは、
何かあった時には大事だと思っています。
ただ、その前に、猪熊さんがおっしゃった通り、起こらないようにすることが一番大事で、
その上で、起きた時の訓練もしておくことも重要だと思っています。
例えば、プールが始まる前に、職員たちとプールを囲んで、
オレンジのビブスを着て目立つ帽子をかぶった監視員の役の人が、
どういう観点で、プールの中を監視すればいいのか、というのを必ず職員が事前研修します。
よくありがちなのは、ばちゃばちゃと子どもが溺れているって勘違いしているんですけれど、
子どもは知らないうちに、底の方に静かに沈んでいってしまう、そういう状況が起こるんだとか、
監視の仕方から実際に何かが起こってしまった時までの事前知識は大事です。
実際には、監視できない人数の子どもを入れてしまったら、当然、溺れる子は出てくるかもしれないし、
プールに入る人数も、きちんと計画して、安全に見守れる範囲を想定したりだとか、
そういう準備は必要なんだろうと思っています。
起こる前の準備と、それでも起きてしまった時の準備を怠らないようにしています。
それを大事と思ってくれた職員が主体的に、園長が指示をしなくても
消防署に依頼をしてAEDの講習などを実施しています。
なぜ、そういう風になっているかというと、必要だと職員が思ってくれているんですね。
そのことを、リーダーというか主任だったりに、重要性を伝えているから、
職員も主体的に安全に配慮できるようになっているのだと思います。
起きる前、起きた後、どちらも、どうしても切り離せない大事なことだと思います。
猪熊先生:
とてもよくわかりました。
どちらも大切だけれど、救命だけではなくて、その前にたくさんの準備や設定をしておいて、
それで、万が一の時はこうしようというところまで、きちんとやっていかないといけないということですよね。
土橋先生の園の職員の皆さんは、前向きに取り組んでいるなと思うんですけれど、
それには職員との関係も重要ですよね。
職員の方で、例えば、水の活動をやってみようとか、水深一つにしても、何センチにしていこうとか、
水の管理をどんな風にやっていこうとか、新しいことをすることに対して
保育の世界ではなかなか壁があると感じることがあります。
これは本当にいいことなんだよ、こういう風にしたら安全なんだよ、これでいいんだよっていうことを、
理論的に伝えても、「そういうの無理ですよね、うちの園では」とか「それは特別なことですよね」とか、
ネガティブな意見や反応が多く、なかなか受け入れてもらえないというのが、保育業界にはあるなと感じます。
職員との関係をどのように構築していけばいいのかな、というところを教えていただきたいです。
子どもたちに必要なのは、安全が前提であるということ
土橋先生:
園長として、子どもたちの安全について、よく「安全第一」という言い方をされるんですが、
ぼくは、正直なところ、安全第一とは思っていないんですね。
安全が第一であれば、園外活動をやめたほうがいいし、壁という壁にクッションを貼り付けて、
一切子どもたちに何も起こらないようにするのが、安全第一だと思っています。
そうではなくて、子どもたちに必要なのは、安全が前提であるということだと思っていて、
安全が前提の上で、子どもたちが幼児期にしておくべき体験はきちんとするというのが、
幼児教育の中では、非常に大事だと思っています。
なので、行政は特に、安全第一を求めてくる場合があるんですけれど、
学びの中には、リスクをちゃんと管理しながら、体験をしなければいけないこともあるんだと、
例えば、お茶碗ひとつとっても、全部プラスチックにしてしまったら、
子どもは落としたときに割れるということも学べないわけですよね。
そういうちょっと屁理屈もこねながら、そういうことも大事にしているという前提を職員に伝えています。
だから、これ危ないからやらないほうがいいですよね、って単に危険だから排除するという風土ではありません。
この部分がちょっと危険かもしれないからそれだけ工夫をして、あとはやってみよう、
というような職員提案を否定しないでやれる方法を考える、
チャレンジしての失敗を肯定的に認めるというか、それは安全以外のところですけれど、
そういう風土づくりをしています。
猪熊さんがおっしゃったように、トップダウンの風土のところが多いです。
園長や主任がダメと言ったらダメだったり、あるいは、変わるということに非常に抵抗感があって、
どうせダメと言われる、絶対に許してくれない、っていうような園を見てきたんですね。
特別なことはしていないんですが、普通の一般企業にもあるように、職員の提案があって、
それを企画として持ち上げてみて、それが実行できるかどうかを精査してみて、
できることだったらやっていこうぜ!というような風土をつくっていくのが大事で、
硬直化して変化を起こされていかないことは楽なんですが、大きく変わると書いて大変と読むんでね。
大変を避けるというのは社会でありがちなんですが、
大きく変わることで新たなことが生まれていくと思うので、指針を見ても子どもたちの主体的な学び、
子どもたち同士、先生たちも含めて協働的に学んでいこうというのが、
当たり前に進められている幼児教育ですから、
それができる風土をつくってあげることが大事だと思っています。
猪熊先生:
そうですね。
まずは職員たちも主体的に取り組めるように、そこは変わっていかないといけないだろうと思いました。
次に、リバーキャンプのことについて伺います。
私も、子どもの頃、川で遊んだ記憶があるんですが、父から
「川遊びは他の人と一緒に行ってはいけない、父か叔父と一緒でなければ行ってはダメだ」
と厳しく言われていました。
つまり、遊びに行く川を熟知している人がいなければダメだということ、
どこで遊んだらいいか、どこが冷たくなっているのか、川は怖いんだということを教えられました。
でも今は、そういうことを教えてもらっていない、
体験をしていない世代が保護者になっている状況があると思います。
一方で、コロナの影響で、アウトドアやキャンプがすごく流行っていて、
知識もないのに、外に出ること、自然はいいよねと思っている人が多いと感じているんですよね。
そういう状況の中で、先生の園のリバーキャンプに関する保護者説明会で、
お泊りキャンプの視点ということで説明されていた資料の中には、
「川や水の特性を体感し、流れの速さや水深の違いでの危険性も含めた経験をする」と書かれていました。
この「危険性も含めた経験」という部分がすごく深いなと思ったんです。
保護者も、アウトドアやキャンプが好きだといいつつも、中にはそれはちょっと危ないんじゃないかとか、
危険なことはさせなくはいとか、そういう意見もあると思うんですよね。
保護者との関係性というのは、どんな風に考えていらっしゃいますか。
体験する機会を作ることで、子どもたちの学びと経験に繋がっていく
土橋先生:
リバーキャンプについては、10年以上前から実施していて、
自園で定めたガイドラインに則りながら川を選んで、何度も下見をして、素敵な川に子どもたちと一緒に行って、
ただそこには当然、始めた当初からライフジャケットを着て遊ぶということをベースにしています。
一泊のリバーキャンプといいながらも、川で遊ぶことだけが目的ではなくて、
様々な学びがあって、たかだか一晩のキャンプなんですけれど、子どもたちがびっくりするくらい変わるんですよ。
その変わった状況で帰ってくる子どもたちを見て、
お迎えに来た保護者が「一晩で何があったの?」という感じでびっくりするんですね。
そうしたことで、理解を得られていたのかもしれないと思っていたんですが、
ただ、保護者の世代も川で遊んだことはない、泳いだことなんかもない、
何が危険で何が安全なのか、実際にはわからないという人が多かったんですよね。
実は、最初は、保護者説明会は一切行わずにキャンプを実施していたんですけれど、
これは、保護者の皆さんにきちんと説明を差し上げないと、活動や体験の重要性などは伝わらないと思って、
保護者説明用の資料をつくったんです。
特に東京では、子どもの時から、膝の上に川の流れがきたときに、
自分が立っていられないという経験をした人も、ほぼいないんですね。
例えば、川へ行くからビーチサンダル用意していこうね、なんてことになったら、
ビーチサンダルが川に流されてしまうし、流されたサンダルを追いかけて事故に遭う人がたくさんいるんですよね。
川の水が増えるということも知らない人が、川で急に雨が降ってきて、
びっくりするくらい急に水が増えてきて流れが速くなってきたという話も聞くんですが、
知っていれば当たり前の事なんですよね。
そういうことが危険なんだけれども、でも、そのまま転んで、流されたとしても、
ライフジャケットを着ていれば、次の瞬間、楽しいことしか起こらない。
逆に、もし、ライフジャケットを着ていなかったら、数分で、悲しいことになってしまう。
そこの違いだけなんだろうなと思います。
保護者が体験したことがない、子どもたちも当然体験したことがないことを、
保育園が特別活動として、体験する機会を作ることで、子どもたちの学びと経験に繋がっていくと思っています。
ライフジャケットの貸し出しをするというのは、すごくいい
猪熊先生:
川などへ連れていくのがなかなか難しい家庭もあるでしょうし、
一方で、知識はないけれどアウトドアが好きな方もいるはずです。
中には、子どもに危険な遊び方をしてしまっている家庭もあるかもしれません。
それを考えると、こういう風に先生方が安全に取り組んで、
ここは危ないんだよ、ヒヤッとした体験もあるんだよ、というところを子どもに経験してもらいつつ、
でも、安全に、自然と触れ合って遊ぶという経験を、しっかりとした計画のもとで提供してあげられるというのは、
保護者にとってもいいことですよね。
そして、保育園や幼稚園でライフジャケットの貸し出しをするというのは、すごくいいなと思いました。
地域にもよると思うんですが、海の近くの保育園で「ライフジャケットなんて使ったことありません」といわれて、
すごくびっくりしたこともあります。
それは、過信かもしれませんあまりに経験値だけに基づいて実施するというのは、やはりおかしいなと思うんですよね。
また、自分の子どものことを考えても、ライフジャケットを買っても1シーズンも着れなかったくらい、
あっという間に成長してしまった経験もあるので、園で貸し出していただけるのはとてもいい活動だなと思います。
保護者の方からは、どのような反応が見られますか。
土橋先生:
保護者は好意的に受け止めてくれています。
ライフジャケットは、今は、釣具店やショッピングセンターなどでも、それほど高くない値段で売っているんですよね。
最近、子どもたちにライフジャケット体験をさせてあげた時に、自分の持ってるよ!という子どもも増えてきました。
よかったなと思っているんですが、とはいえ、子どもの成長はものすごく速いので、
一瞬にして着れなくなってしまうものを買うというのは、やはり大変だと思います。
保育園は資材として持っているので、各サイズ、大人用もありますし、
それを貸し出すというのをただやっているだけなのですが、借りてくれた保護者に話を聞くと、
自分も川などで遊んだことがないですとか、卒園したお子さんからは、5歳で経験したリバーキャンプがすごく楽しかったと、
ライフジャケットってそんなに楽しい物なんだって、だったら、借りていこうと、
あとは、すぐに大きくなってしまうから、保育園で借りて、
もう少し成長したら、自分用の買ってあげようかと思っているという保護者さんもいらっしゃいます。
夏に借りていってくれる保護者さんが多くなってきているというのは、草の根ですけれど、
皆さんの活動や私自身も啓蒙してきたことの成果なのかなと感じます。
もしかしたら、事故が起こっていたかもしれない、それを防ぐことができたのかもしれない、
でもそれは、実際には目に見えないんですよね。
そいうことも少し考えながら、実施しています。
「何もなかった」ということを目標に
猪熊先生:
ライフジャケットを着用していればと、何も起こらない、楽しい経験だけが残る。
そのことはとても重要なことだと思いました。
夏のシーズンになると毎年、悲しい水の事故のニュースを聞くことがありますが、
そのたびにいつも胸が苦しくなります。ライフジャケットを着ていれば、
何も起こらなかったのにと、感じることがこれまで何度もありました。
そういう悲しいニュースを聞かないように、そして今日、参加してくださっている皆さんが、
予防の理解を広めていたただけたらいいなと思います。
ライフジャケットを着て、楽しい水遊びができて素敵な思い出だけが残るように、
土橋先生から、最後に、皆さんへのメッセージをお願いします。
土橋先生:
今日はありがとうございました。
私もそうですが、今日は、保育者の方や子どもたちに関わることを大切にしている皆さんがお集まりだと思います。
ヒヤリハット、ハインリッヒの法則というのがありますよね。
今まで何もなかった、ということがあった中で、ちょっとヒヤッとしたことって絶対にあるんです。
その中で一つ、重大な事故が起こるとしたら、今まで何もなかったというのは、
ハインリッヒの法則でいう300だったのか、29だったのか、というところでたまたま止まっていただけで、
必ず事故は起こるんですよね。
ヒヤリハットって、よく聞きますし園でも分析などを行っていると思うんです。
そのヒヤリハットが重大事故につながる可能性が高いのが水の事故だと思っています。
ハインリッヒの法則を考えてみると、
水の事故は、100分の29が死亡事故につながる可能性があるんじゃないかなと思っています。
水の中で、3分呼吸をしなければ、もう上がってこれないし、一瞬にして命が失われてしまいます。
そういう危険がある中で、それでも、子どもたちにどんな体験をさせてあげられるんだろう、
水をどんな風に楽しく伝えていけるだろう、遊びを伝えていけるだろうと、
そうしたせめぎ合いを考えてやっていきたいです。
「今までやってきているから」ではなくて、新たに創り出していきたい、
そんなところに重きをおいてもらって、「何もなかった」ことを誇りに思ってもらいたいです。
例えば、この活動によって、369人の命が救われました、なんていう風に成果が目に見える形では出てこない。
本当に何もないんですね。
それを、目標にするためには、努力が必要なんです。
「何もなかった」ということを目標に頑張れたらな、
ということで、締めの言葉とさせていただきたいと思います。
ありがとうございました。
猪熊先生:
「何も起きない」ということを目指して、今日、参加してくださっている皆さんとともに、
この活動をさらに全国に広げていくことができたらと思っています。
土橋先生、皆さん、ありがとうございました。
子どもの水辺安全セミナー 海と日本プロジェクト2021
-幼児教育の現場から発信する水辺の安全-楽しく安全な水遊びをどう伝えるか